転職と人材紹介サービスの歴史

2017年時点で2570億円の規模に達している転職業界ですが、その源流は江戸時代の口入屋という人材斡旋業者にみられます。明治時代になると差別、強制労働などの問題が発生し、法令を制定した有料職業紹介の基本的な規則が定められるようになりました。戦後の昭和22年(1947年)になるとGHQにより職業安定法が制定され、職業選択の自由、採用募集時の差別禁止、守秘義務などの原則が確立されることになったのです。そして、昭和30年代になると日本の雇用労働者は約1000万人増加します。昭和30年代から40年代の日本の高度成長期に労働力不足時代の雇用情勢に合わせた立法が相次ぎます。職業訓練法(1958年)、身体障害者雇用促進法(1960年)、雇用対策法(1966年)、中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法(1971年)などです。そして、1970年以降は求人情報サービスが急成長し、求人・求職の暗さが無くなっていきます。1990年、暗いイメージのあった職業安定所もハローワークという愛称で一新されました。

1.転職と人材紹介サービスの始まり

人材紹介サービス発祥のアメリカでは1929年の大恐慌時に経営困難に陥った企業がピンポイントで必要な人材を獲得するために、ヘッドハンティングという手法が生まれました。人物でなく、要件に合わせてマッチングしていく人材紹介会社は戦後、続々と生まれ、前課金型人材紹介と成功報酬型人材紹介が生まれ、ポジションやサーチ方法などで分かれていきます。日本の人材紹介ビジネスはアメリカの形態を踏襲しているのです。終身雇用が一般的だった日本では、1970年代〜1980年代に中途雇用、転職が少しづつ認知されてきました。人材紹介ビジネスはこの時期に少しずつ成長していったのです。

2.成長の歴史

1977年にリクルートが株式会社人材情報センター(のちのリクルートキャリア)をスタートしました。これを起点として、日本企業に人材紹介サービスが浸透していくことになります。1986年〜1991年のバブル期には大企業・外資系企業の幹部・技術者が多かった人材紹介サービスが、徐々に中堅企業や中小企業に広がりました。しかし1991年バブルが弾けると、企業は余剰人員を抱えることになり、リストラ・採用抑制により就職氷河期を迎えることになります。その一方で、スペシャリスト人材を派遣で補う傾向が生まれることになりました。しかし、高度な専門知識を必要とする人材を確保するため、クローズドな環境下で必要な人材を確保する人材紹介の利用が進みました。1995年以降のインターネットの普及、1997年の金融ビッグバンを経て、1999年に職業安定法の改正により、制限されていた職種の事実上の自由化により、一気に転職市場における人材紹介サービスが成長する事になりました。

3.発展の歴史

1990年代に求人情報誌がWEB化を始めた変化が、2000年代以降は安定し、求人の閲覧や求人情報が無料になりました。そして業界特化型の求人情報サイトが次々と生まれています。今中心となっている看護師求人サイトも2000年代に現在の形になったところが多いです。また確実に採用できるわけではない費用リスクのある前課金制ではなく、成功報酬型を採用する人材紹介会社も増えました。例えば、2007年にはビズリーチがエグゼクティブに特化したデータベースを作り存在感を示しています。そのほかには第二新卒、職種特化型、業界特化型、女性特化型の特化型人材紹介があります。このような専門特化型の人材紹介会社が増える事で求人サイトの内容、情報もより深く洗練されていくことになりました。例えば、2003年に医療・介護人材特化型のエス・エム・エスが設立されています。2010年代以降は看護師求人サイト、看護師転職サイトが急増し数百にも及びピークを迎えました。しかし、看護師需要の安定化とSNSなどソーシャルネットワークの発展により看護師の転職は落ち着き始め、看護師求人サイトも同じように精査されるようになるでしょう。

4.転職と人材紹介サービスの歴史のまとめ

転職と人材紹介会社の歴史は戦後、GHQ主導の職業安定法から始まったと言っても過言ではありません。昭和30年代から40年代にかけての高度成長期に労働者不足により、転職とアメリカ型の人材紹介サービスが日本でも一般的になってきます。80年代後半のバブル期や就職氷河期を経て、90年代後半のインターネット普及、金融ビッグバン、職業安定法の改正により、転職や人材紹介サービスが急成長しました。2000年代には看護師求人サイトも次々と立ち上げられ、2010年代にはピークを迎えます。今後は看護師求人サイトも精査され、厳選されていくでしょう。

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